5.リンゴのお話
その子は昔、芋虫だったと言うのです。 ある風の強い日に、私の目の前に、ぼとりとリンゴが落ちてきたのよ。まよわずかじると、あまずっぱくて美味しくて、止まらなくなってどんどんかじり、すっぽり体がリンゴに入ってしまったの。リンゴの中はピンク色。太陽の光が赤い皮を透かすせいよ、私は少しうっとりしたの、お腹もいっぱいになったから、ついつい眠ってしまったの。気づいたらリンゴが転がって、出口は地面にふさがれた。それに、ああ大変。私の体は蝶に成りはじめてる。自分で止めることはできないの、蝶になりたいと思ってなるんじゃないの、勝手に体がそうなるの、私はね、リンゴの中でそのまま死んでしまったの。だから、リンゴが嫌いなんだわ。 そう言ってその子は、あーあ、とため息をつくのです。黄色いサンダルをつまんなそうにぶらぶらしながら、リンゴ刈りをする友達をうらめしそうに見つめてます。 それで私はこう言いました。 それじゃあ、リンゴを沢山かじって、中につかまってるかもしれない蝶を助けてあげなくちゃ。 女の子は、ハッとした顔をして、ジッと私を見つめ、サッとリンゴ狩りの友達の中に走っていきました。 ある晴れた日曜日のことでした。背の低い木に、真っ赤な実がぎっしりとつかまって、その下を子供達や大人がはしゃいで歩いています。どこかの小学校の遠足でしょうか、赤白帽がちらちらと枝の向こうで踊ります。むしろを引きつめた地面にゆれる木漏れ日。ぶんぶん蜂がなるけれど誰もかまいやしません。私は、かじりかけのリンゴを抱いたまま、ぼんやり明日のことなど考えます。 すると、さっきの女の子が、たったと駆けて戻ってきました。「みて!」と女の子はリンゴを差し出します。どれ、と手をのばしたそのとたん、真っ赤なリンゴから鮮やかな黄色い蝶が、舞い上がりました。 私がぴっくりしていると、女の子は嬉しげに、くるくる回って、「よかったね、よかったね」と笑うのでした。 作 たみお